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ヴァロットンの世紀末 2/2


(承前)
 ヴァロットンの木版画では、絵画以上に構図やフォルムに大胆な省略がみられ、それによって日常の風景を軽妙に描きだしています。白と黒で表現された画面にはユーモアさえ漂い、都会を舞台とした洒脱なエッセイでも呼んでいるような気分です。

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ヴァロットンの世紀末 1/2

 19世紀末は版画が芸術作品として新たな鳥羽口にたった時期です。なかでも、リトグラフをポスターに活用することで蘇生させたジュール・シェレ(Jules Cheret,1836-1931)の存在は、特筆すべきものがあるでしょう。商業主義と美術が手を結び、そこからシェレの跡を追う作家もつぎつぎと登場してきます。とりわけ線に宿る才気でシェレを凌駕していたのはロートレック(Henri de Toulouse-Lauterec,1864~1901)です。その作品は世紀末のパリにあって、ひときわ光彩を放っています。

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オットー・ディックスの魔術 2/2

(承前)
オットー・ディックスはドイツ中東部ゲーラ近郊のウンテルムハウスに生まれました。装飾画家としの技術を学び、その後ドレスデン工芸学校に入学。ニーチェの思想に大きく影響を受けました。1914年に志願兵となり、野戦砲兵としての訓練を受けたのち最前線に送られます。18年まで長きにわたって軍隊生活を送り除隊。戦後はその過酷な体験を告発し、戦争の実体を暴露していくことになります。

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オットー・ディックスの魔術 1/2

第一次大戦の敗戦後、ドイツは膨大な賠償金に苦しみ、インフレと社会不安のなかで人心はすさんでいきました。これがナチスを生む土台となったことはいうまでもありません。その一方で、王政による偏狭な価値観から解放され、ワイマール共和国のもとで新時代の到来という自由な空気が流れていたことも確かです。「黄金の20年代」という呼び方が生まれ、ベルリンには国内外から多くのアーティストが押し寄せました。

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フォンタナの空間絵画 2/2

(承前)
フォンタナが提唱したスパツィアリスモ(空間主義)とは、既存の芸術概念を克服するとともに、工業技術を積極的に取りいれることで、三次元あるいは四次元的な表現をめざそうとするものでした。

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フォンタナの空間絵画 1/2



画家は平面に空間を取りこもうとしてきました。イタリアの前衛芸術家ルーチョ・フォンタナ(Lucio Fontana, 1899-68) は、平面を空間に変貌させた画家ともいえます。布や金属の支持体をナイフで鋭く切り裂き、ときに穴を穿つことで絵画と空間についての、彼なりの仮説を提示したわけです。

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ネオ・ラウルと東ドイツ : 下

ネオ・ラオホは1960年にライプツィヒで生まれました。その4週間後に両親を列車事故で亡くし、祖母の手で育てられました。長じてライプツィヒの視覚装丁芸術大学に入学。かつてライプツィヒ派が活躍の基盤とした場所です。院生時代には直接ベルンハルト・ハイジヒにも学んでいます。

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ネオ・ラウルと東ドイツ : 上

ドイツに「新ライプツィヒ派」と呼ばれる絵画グループがあります。現代美術の発信源として、注目すべき一派といえるでしょう。今回とりあげるネオ・ラオホ(Neo Rauch)はその代表的作家です。奇抜な色彩にもかかわらず、どこか陰鬱な画面。そこに皮肉な眼差しがはいりこんできます。

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木村秀樹、秩序と逸脱 2

pencilシリーズをへて、木村秀樹はさまざまな映像のあり方、その存在に関心を抱くようになります。断片的な映像が空間に漂うイメージが現われ、それらを写真製版を使ったシルクスクリーンの作品に仕上げていくのです。

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