正井和行、心象の水面 1/2
多くの人にその名を知られているわけではありませんが、正井和行(Masai Kazuyuki, 1910-99)という日本画家の絵には大いに惹かれるものがあります。大分と京都を主な活動拠点とした人で、とりわけ京都時代に描いた琵琶湖の情景が心に残ります。
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フリードリッヒの窓 3

(
承前)
さて、窓辺の絵についての話でした。
1818年、フリードリッヒは19歳年下のカロリーネと結婚します。すでに44歳になっていました。ドレスデン・アカデミーで教鞭をとり、若い妻との新しい生活が始まります。しかし、それは長く続きません。ドイツ解放戦争が終わり、ウィーン体制のもとで社会の空気は変化していました。46歳のとき、フリードリッヒは反体制者的とみなされ罷免されることになるのです。
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フリードリッヒの窓 2

(
承前)
C.D.フリードリッヒが生まれたのは、ポンメルン地方に位置するバルト海沿岸のグライフスヴァルトという小さな町です。当時はスウェーデン領(現:ドイツ)でした。そのころのスウェーデンは欧州列強の一角を占め、自由主義的な政治体制と啓蒙主義的な文化風土によって、バルト海沿岸地域のほとんどを領有していました。この海辺の小さな町にも、そうした空気は強く漂っていたはずです。
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フリードリッヒの窓 1

窓の絵というものに、惹かれます。窓からの風景というより、窓枠の描かれた絵に感応するものがあります。C.D.フリードリッヒ(Caspar David Friedrich, 1774-1840) に「アトリエからの眺め」という絵があります。1805-06年の制作で、30歳を過ぎたころの作品です。
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イェンドレシャック、森の年代記 2
かつての東欧、なかでもポーランドは版画の盛んな国です。一般の人でも版画に親しんでいる人が多いと聞きます。版画といっても技法は多様なのですが、たとえばリノリウムを版に使うリノカット(linocut)は戦前のヨーロッパで広く美術教育に用いられました。比較的安価で、加工が容易なために、大きな作品も制作可能です。このリノカットを得意とするポーランドの版画家にイェジー・イェンドレシャック(Jerzy Jedrysiak, 1954-)がいます。
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イェンドレシャック、森の年代記 1
イェジー・イェンドレシャックは現在、クラクフの芸術教育大学の教授としてリノカットを教えています。一方で、個展やグループ展での活動にも積極的で、これまで世界各国で数多くの賞を受けました。比喩と幻想に包まれた物語的版画は、異文化においても大きな評価を得てきた版画家です。
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山口長男、抽象と温もり

前衛の先駆者ともいわれる山口長男(Yamaguchi Takeo, 1902-83)は京城に生まれ、19歳までその地で暮らしました。その後、本郷洋画研究所で岡田三郎助に学び、22年東京美術学校に入学します。同期には小磯良平や荻須高徳、猪熊弦一郎がいました。
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バルテュスの暗喩
はじめてバルテュス(Balthus, 1908-01)の絵を見たのは京都・岡崎の美術館で、かなり以前のことになります。とくに惹かれたのは『コメルス・サン・タンドレ小路』でした。キャンバスに描かれているのは、なんの変哲もない街区と8人の人物、1匹の犬です。ところが、その光景はこの世のものではないかのように遠く、同時に私たちの心の中に潜んでいるもののようにも感じられます。日常を描きながら、そこに現われるのはつねにそのアレゴリーで、そう感じた瞬間、実体がどこにあるのか不安に駆られるのです。
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石田徹也、現実の極み 2/2
石田徹也は1973年静岡県焼津市に生まれまし。84年には公募の「人権マンガ」で最優秀賞を受賞しています。地元の高校をでると、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に進み、96年に卒業しました。
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